川口えん長のインタビュー最終回。私たち母は、どう歩めばいいのか。本質的な問いに愛情いっぱい答えていただきました。
最後に僭越ながら私の感想も書きました。
子どもをよく見ているか?
−−正人さんは私に、細かな声かけと監視の目をやめて、代わりに、そのままの子どもを見て、今感じている気持ちを一緒に味わってみて、と教えて下さいましたね。同じ「見る」行為でもまったく質が違っていることを知りました。
そうね。「傘さしなさい」と言って、子どもが「やだ」と言うなら、ただ叱る前にちょっと立ち止まって、その子の今の気持ちをのぞいてみてほしいんよね。
雨に打たれてみたいのかもしれない。雨粒を舐めてみたいのかもしれない。その子の中に雨の不思議な世界があって邪魔されたくないのかも。
そしたら、それを少しだけ、一緒に味わってみる。その子の視線の先を見てみる。どんな顔で雨に打たれるのか眺めてみる。
金八先生は、親という字を、木の上に立って子を心配して見てるのが親だって言ったろ? でも僕たちは、子と同じ目線に立って見たいと思う。
「飛べんかったね」「飛びたかったね」「高かったね」。いま子どもが味わった気持ちを、一緒に味わうことを大事にしてる。
ただね、やりたいんだけど踏み出せない、勇気が出ないって気持ちを見つけたときは、ちょっとだけ背中を押してあげるようにしてる。
海遊びに混ざりたいけど入れない子がいたときは、砂に穴掘ってプールをつくって、興味をひいてみる。ほんのきっかけだけね。あとは本人。
「人」っていう字は他者との関わり。共感できるもので誰かとつながったとき、やっと人になっていけるんでね。


本当の自分を問うことから
−−前に、うちの子が小学生になったらという話題になって、私が「学校に行きたくないとか言わないで楽しく通ってほしい」と言ったら、正人さんは「行きたくないって、言わせてあげてよ。その気持ち、お母さんに出せなかったらどこに出せばいいん?」とおっしゃって。その通りだなって、すごく心に残っています。
自分たち大人も、母親の「こうなってほしい」がきつくて、重かった経験があったりせん? 僕はあった。逃げ場がどこにもないのは可哀想。泣いちゃだめ? 怒っちゃだめ? いいやん。
僕は、大人の顔色を見て態度を変えるような子どもだった。心の中に寂しさがあった。きっと僕は、自分が子ども時代に生きたかったように、子どもたちに「そのままで生きてほしい」と願っているんだと思う。
僕の思う僕と、あなたの思う僕は違う。僕が思うアオと、あなたが思うアオと、アオ自身が感じてることはきっと違うよね。違っちゃだめ? 違うから素敵じゃない。
正解を求められた教育を受けてきた僕らは、本当の自分に気付けてない。頭で考えた最善肢を選ぶことしかできない。
でも本当の自分を見つけても、今度はそれを表現できない辛さもあるやん。親や友達に自分の気持ちを知ってほしくて、自分を出して、傷つくこともある。傷つかないために隠してもいいけど、なんとかしたいなら、覚悟して表現してみるしかない。
子どもに「そのままの自分でいてほしい」と思うなら、まず親が本当の自分を知って、思い切って出すこと。子どもが出してきた本音は、善悪つけたり決めつけたりしないで、「今のこの子はこうなんだな」と一緒に味わって、一緒に悲しんだり驚いたり悩んだりしてあげること。
これに尽きると思うよ。


しつけはいらない。自立をさせる
−−えんでは基本的に、子どもたちのやりたいようにする、止めない、強制しない。でも子どもたちは、自分のことをちゃんと自分でやる。それがすごいと思って。うちではヤダヤダも多いし、しつけらしいしつけもできてない状態で……。
大丈夫。保育園の年齢でしつけなんてまだいらんよ。挨拶しなさいって言うより、挨拶したい人間関係があるかだし、親が楽しく挨拶してたらそのうちやる。
ご飯残すなって強制して食べさせるより、お腹ペコペコかが大事だし。
子が小さいうちの「しつけ」は、つまりいちいち叱られるってことで、結局は「親の言うことをきかせる訓練」になっちゃう。
えんでは出かけるときの持ち物は自分で準備する決まりなんだけど、たとえば僕は、「途中から雨が降るかもね、濡れるかもね」までしか言いません。それでも雨具を持たずに飛び出していく子もいる。
後悔して泣く子もいれば、カッパを持ってるのに雨に打たれて笑ってる子もいる。自分で考えて行動して、そこから学んでいくんよ。
僕はその様子を見てるだけ。ただ、保育者として、ずぶ濡れになって震え出したら助けられるよう、風邪ひかんよう、いろんな準備は持っていきます。
−−自分で考えるようになってほしいなら、つまり「自分でやらせてみて、それで取った行動や結果を否定したりしない」ってことですね。
いまの社会って、子どもにとっても大人にとっても、なかなか厳しいものがある。でも、将来そんな社会で生きていかなくちゃいけないから、生きるために必要な力をつけておくべきよね。その力って、自分で考えて行動する力だったり、人に助けてもらう力だったり、体力もそう。その力が、いずれ彼らが社会を変えていく力になる。
親だって、未来のことは分からないやん。明日死ぬかもしれない。
子どもたちは、いろんな状況でどうしたらいいかを、暮らしの中で培っていくんよ。親が仮にいなくなっても、どんな逆境になっても生きていける力。能力という意味でも、コミュニティという意味でも。
一言で言えば「自立」なんだけど、やばいと察知できる、困ったら人に頼れる、年齢なりの選択ができる意思と思考を持ってほしいと思ってます。
そのために、「その子がその子でいい場所」「帰れる場所」を10歳までに持ってほしいんだ。僕はそのためにわくわくをやっているとも言える。
子に自立を願うなら、親は「この子の人生は本人のもの」って、自分と切り離して考えなくちゃならない。どんなふうに成長するかはわからないし、引きこもりになるかもしれないけど、それでもいいって。どんなふうになっても親として認める覚悟だね。
清く正しく優秀に、みたいなイメージを望む親が多いけど、寄り道だって悪いことじゃない。過剰に怖がらなくていい。僕だって引きこもった時期あったしね。
過干渉ぎみになっているお母さんは、今日からまず、言葉かけを減らしてみよう。あれこれ指示しない。口出ししない。子どもの内から湧き出るパワーを信じて待つ。
待つのって難しいよね。つい先回りしてしまうけど。自分で考え、自分で判断して行動できるようになる、それをただ願って。

長男のアオは、初日はモジモジしていただけだったけど、翌日は意を決したように挙手し、指されると「海に行きたい」と言った。言いながらみるみる顔が紅潮していった。緊張と嬉しさと誇らしさが混ざったような、見たことのない顔だった。意見が聞いてもらえると、皆の意見を真剣に聞き始め、もう一度手を挙げた。通常は一人が何度も挙げるものではないが、みんな、アオの気持ちを大事にしてくれたのか、たしなめたりしなかった。結局アオは4回手を挙げた。大人からの教えではなく、こういう場が、自分で考えることと表明すること、その喜びを実感させてくれるんだなと思った。私たちの生活でも作りたいな、発表の場。


今を生きよう。大人も。
−−親がいつまでも一緒にいられないかもしれないから、子どもに生きる力をつける……。毎日、目の前のタスク・TO DOで精一杯だったけど、時々ふっと視点を広げて、未来のことや生きる意味、そういうことに思いを馳せる時間も持ちたいと思いました。
そうなんだよ。未来は分からない。
自分が明日の朝、心不全で起きないかもしれない。所詮臨終ただいまにあり。
今日で終わる覚悟を持ったとき、余計なものは削ぎ落とされて見えてくるやろ。
今日見たもの、今日感じたものは、明日は味わえないかもしれないって思えたら、今日子どもと一緒にいることが、すごくでっかい幸せに見えてくる。
そういう意味で、命が生まれた神秘、不可思議さを体感で持ってるお母さんはすごいんよ。だから、一生懸命「自分」でいるだけで十分なんじゃないかって思う。
問うならば、「どうしてあなたは?」ではなく、「どうしてわたしは?」と問おう。子どもは、自分のすべてが投影された影。依正不二なんだから。
(※えしょうふに・まわりの環境や人はすべて自分自身のありようを写したものだという仏教の教え)
あなたは、いま自分に素直ですか?
ありたいように生きいていますか?
生きられないなら、それを子どもに押し付けるのはやめよう。じゃあどうするか。簡単や。
人生を楽しもう。その子と一緒にいるのを楽しめるのが子育てじゃん。
生きててよかった、でいいじゃん。究極は、生きてりゃいい。
−−はい!これからもっと、子どもとの日々を、そして自分自身を、楽しんでいきたいと思います。
今回は本当に、たくさんのエールをいただきました。ありがとうございました!

おわりに
頭で考えすぎな母。
上着きなさい、こぼさず食べなさい、足元よく見なさい……四六時中、世話焼きすぎで口出しすぎで、拒否されてもしつこい母。
自分の価値観の範疇での「素敵な子」になってほしいと願う母。
そんな母が、「この子をもっと輝かせる方法」を知りたい一心で、正人さんに「叱り方、褒め方、保育方針、教育論」を尋ねてくる。
それが私だった。
問われているのは、誰がどんな方法で教育するか、どんな園を選択するかではなかった。
親である私がまず、子どものことを本当に見ているか。子どもの気持ちに寄り添っているか。そして、私自身が、人や環境のせいにせず自分の足で立っているか。自分の毎日を自分で良くしようと努力しているか、だった。
求めてやまなかった答えは、我が子と、私を、よーく見つめたら実はそこにあった。
「いい子」じゃなくて、「自分で考える子」に。
着眼が変わったら、世界が違って見えてきた。
とにかく、生きてくれたらいい。奇跡のように生まれてくれた命、どうか生きてくれ、生き抜いてくれ。
そのためにも「その子がその子でいい場所・帰れる場所を10歳の間までに持ってほしい」と正人さんは言った。
まず家庭を、そんな場所にしたい。そしていつか親を信頼できない時がきても、親がそばに居なくなっても、息子たちが頼れる人たちとの温かな関係を築いていきたい。
迷ったら、何度でも立ち戻ろう。
この子を身ごもり、お腹がふくらみ、生まれたときの喜び。この子が可愛い!大好き!という思い。
そして、どしんと仁王立ちして言おう。
「誰が何と言おうと、私が、この子の母ちゃんや!!!」
最後になりますが、お世話になった正人さん、わくわく子どもえんの子どもたち、お父さんお母さん、やすさん、あいさん、まゆさん風くん、糸島のみなさんに、改めて心からの感謝を伝えたいです。ありがとうございました。
(※わくわく子どもえんは、2020年3月末で終了しました。現在は同じ園舎を使った子ども園と野外保育園、2つの園として生まれ変わりました。正人さんも新しく遊びの会などを開く「わくわく子ども応援隊」という活動を始められました。)
リンク
▶︎インタビュー①「見過ぎ、言い過ぎてない?その子らしく育ってほしいと願う母たちへ。」
▶︎インタビュー②「遊んで食べて寝て、思いっきりやる。それだけでいい。」
▶︎今回の2週間の滞在のきっかけになった、1日体験入園の記事。衝撃と反省がいっぱいです。まだの方はぜひ!