より本質的なものを模索している母たちへ、明日の糧になるお話を伺うインタビューコーナー。第二回は、児童文学作家・翻訳家の松岡享子さん。「くまのパディントン」やブルーナの「うさこちゃん」シリーズの翻訳者、『とこちゃんはどこ』の作者、といえば私たちにとって身近な方ですよね。
松岡さんは、1951年に日本初の図書館学科で学んだ後、アメリカ屈指の公立図書館で研鑽を積まれ、帰国して自宅を家庭文庫として子どもたちに開放。1974年には「東京子ども図書館」を創立し、実に60年間以上第一線で「本」と「子ども」に関わり、お話を語り続けてこられました。
今回は、松岡さんの著書の中から私たちの胸に響く一節を拾い上げながら、本好きな子に育つには? 本は動画よりいいの? 等々、気になることをたっぷりと伺いました。
(聞き手:hahaha!編集長 本間美和)
絵本を読んであげるときは
お母さん自身が楽しんで
「子どもを本好きにするには、どうすればよいか」というお尋ねを受けることがよくあります。わたしの答えは、いつもきまっています。生活のなかに本があること、おとなが本を読んでやること、のふたつです。 『子どもと本』P53より
――私は心のどこかで、子どもがティーンになった頃には一人で部厚い本を黙々と読みふけるようになってほしいと願っています。自分が本嫌いだったことを棚にあげて(笑)! この一節にあるように、絵本もいっぱい用意してるし、読み聞かせもしていますが、これで本当に本好きになってくれるんでしょうか……。
子どもたちはみんな、絵本が大好きじゃないですか? 絵本を「これ読んで!」と目を輝かせて持ってきて、嬉しそうに聞いているでしょう。一言でいえば、その状態をできる限りそのまんま、自分で読書できるまでつなげてあげればいい。それだけなんです。
ところが、「読んで・読んで」と言われてお母さんが嫌々読んでいたり、物語をさえぎって「これはなーんだ」なんて次々問題を出してお勉強にされたりしたら、いつしか心の中の火が消えていってしまって、将来こんどは「読め・読め」と言われても、苦しいものや面倒なものになってしまうんじゃないかしら。
図鑑ならお勉強でいいですけど、物語のときは、「わあ大きいカブ!」とか「次は抜けるかな…」とかいう子どもの素直な「感じ」方を大事にしてあげてほしいんですね。次に出てくるのが誰か?とか、「ほらね、皆で力を合わせれば…」なんてこじつけた作品の意図なんかを「考え」させないでいい。幼いときは、感じること・面白がることが一番大事な土台です。
大人の「よかれと思って」は
子どもと本の仲を遠ざける
――私、やっちゃってました。読みながら、文字やら教訓やらを教えようとする下心も正直あって。図書館でも、横から「ほら恐竜の本あったよ」「これはもう読んだじゃない」「それはまだ早いかなー」とか口を出して……(反省)。
先生もそうだけど、最近のお母さんは「教えたい」「導きたい」って気持ちが強いわね。図書館でも、子どもに質問しているのに、横からさっと答える親御さんの多いこと(笑)! 本を選ぶときだってね、子どもに任せていれば、彼らなりの理由があって自分に合った本を選んでいるんです。何度借りようが、家に同じのがあろうが(笑)、その子だけの世界、本の選択に最大限の自由が許されるべきだって思っています。
絵本を読んでくださるのはありがたいですが、母親がもし義務感や下心を持っていたら、子どもはものすごく敏感だから、感知して付き合ってくれるの。本当に、いじらしいくらい、親が自分に望むことをしようと努力するものです。つまり今日はこれを読まなくちゃなんて義務感があると、絵本の中身よりも先に義務感が伝わってしまいます。
――うっ…。1日の終わりにあと一踏ん張りと、まるで修行のように読んでました…。でも、楽しく読みたくても、同じ本を3回4回ねだられたらしんどい!です正直。松岡さんは、繰り返し読むのは苦じゃないですか?
うふふ、そうね、よく分かりますよ。
大阪で働いていた頃、1年間くらい通ってきて毎回『ぐりとぐら』を読んでという小さな女の子がいたんです。私もさすがに飽きるもんですから、あるとき実習生の若いお姉さんが来ていたので「今日はあの人に読んでもらって」と送り出したのね。すると読んでもらってすぐパッと立って、私の所へ戻って来て「読んで」と。「今読んでもらったでしょ」と言うと「そやかてあのお姉さん、字読んでるもん」ですって。驚いちゃった。負けたと思いましたね。
私と読んでいると、お話が、言葉のかけあいみたいになってたんですね。「転がしていこう」、「担いでいこう」って。彼女は声を出さないまでも、私との間で見えない呼吸の行き来があって、それを一番楽しんでいたのね。そんなことを知ったら、繰り返し読むのも悪くないなと思ってしまいますよね。
繰り返し読んでもらって
子どもは物語の中で遊んでいる
何度も読んでと言われたら、大人は飽きるから、バリエーションが付いてくる。例えば3回目は読む速度が少し速いと思うんですね、生身の人間だから。それがいいんです。
たまに、わざと間違えてみてください。ちゃんとクレームが来ますから。「来た来た」と思って楽しいですよ。あとは「ここを面白いと思っているな」って場所がわかったら、わざとその場面でじらすとか、ちょっと休んでみるとか。
何度も読んで覚えてきたら、チラチラと子どもの表情を見るのもいい。本のどこを見ているのか目線を見ながら読むのも面白いと思います。
――なるほど‥‥それなら面白そう。やってみたいです!
あとはね、母さん自身が楽しめる本を探すことも大事かなと思います。長く読み継がれてきた古典絵本を中心に、大人もじーんとくる良い本はありますよね。いわゆる子ども向けという、面白おかしく媚びている感じや、無理に教訓を教えようとしていたり、子どもはこの程度っていう精神で書かれた本は、大人はつまらないし、子どももそんなに何度も読んでと言わないと思いますよ。繰り返し読むに耐える、文も絵も芸術家として全力を出している本が良い。できるだけそういう本に出会えるといいですね。
それからもう一つ。「私は読むのが下手で」というお母さん、多いんですよ。でもね、アナウンサーみたいに流暢に読もうとか、人物ごとに声を変えようとか、変に頑張らないでいいんです。子どもがせっかく物語の世界の森に入って行ってるのに、お母さんが大迫力の狼なんかやったらお母さんの方に注意が行ってしまうでしょう。普通に、ゆっくり読んであげてください。
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レンガの壁、壁をつたう薔薇の木。佇まいが童話の世界を思わせる「東京子ども図書館」。子どもの本と読書を専門とする私立の図書館だ。表札の文字は松岡さんが書かれたもの。
図書館内の「おはなしのへや」。ほっとするぬくもりと、わくわく不思議な感じが同居する空間。子どもたちが座布団を敷いて座り、ろうそくを灯したらお話が始まる。
子ども用の図書室。新しく会員になる子どもには、一人ひとり(母ではなく本人!)に「図書室のきまり」を了承してサインをもらう。名前が書けない子も、その子なりの文字を記す。子どもはここできちんと尊重され、図書館員との信頼関係を築きながら本の世界を心ゆくまで味わって大きくなる。
(photo: Yumiko Mogami )
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