~祖母から自分の母までは、伝わっているのに、母から自分、のところで途切れてしまっていること。日本人がずーっと受け継いできたのに、もう自分の子には伝わらないこと。実はたくさんあるんじゃないでしょうか。
そのひとつ、日本の四季折々の風習・習わしを学んでいきたいと思います。
「時代にあわない」と無視しても全然いいんだけど、なんだかとっても大事なことなんじゃないかと胸騒ぎがするから。~
<教えてくれた人:日本の行事・歳時記研究科 広田 千悦子さん>
6月~7月。梅雨から夏の始まりにかけたこの季節、親しみのある日本のならわしといえば七夕だと思いますが、今回は、邪気ばらいや、心身を清める禊(みそぎ)の役割を持ったならわしを紹介しましょう。
いろいろなものが痛む梅雨
梅雨は、湿度と温度がぐっと上がり、さまざまなものが痛みやすい時期。物がカビたり腐ったりするだけでなく、身体の不調が出てきたり、気持ちが落ち込んだりもしやすい季節です。
この時期に、半年分の心身のけがれをはらい、清めるための習わしがあります。次の半年を無事に元気に過ごせるように備えるためであり、暑い夏を乗り切るためでもあります。
邪気をはらう「夏越しの祓え」
6月~7月、写真のような、茅(ちがや・かや)で作った輪の、人が通れるくらい大きなものが神社に出現しているのを見たことがありませんか。
これは邪気や魔をはらって夏を元気に過ごすための行事「夏越しの祓え(なごしのはらえ)」です。大きな輪は「茅の輪(ちのわ)」といい、中をくぐることで罪やけがれを取って身を清めます。神社にお参りしたあと、茅の輪をくぐり、まずは左回りし、また茅の輪をくぐって右回り、またくぐって左回りと3回八の字にくぐるのが作法です。
夏越しの祓えの歴史は古く、奈良時代頃には宮中行事として決められていたとか。もともと一年の半分にあたる6月30日に行われてきたものですが、現在は、そのまま6月30日に行っている神社と、旧暦の6月30日にあたる7月末頃などに行っている神社があります。
茅の輪くぐりに使われる輪は、茅(チガヤ・カヤ)で作られます。茅は穂の出る植物の総称でもあります。
「ヒトガタ」に身代わりをお願いする
もう一つ、けがれや邪気をはらうならわしにヒトガタがあります。
人の形を模した紙で自分の不調な部分・気になる部分をなでたあと、3回息を吹きかけます。
川や海に流すのが元々のならわしですが、流せなくても、塩を少しふりかけて和紙に挟み、お焚きあげするかごみに出します。
桃の節句のひな人形も、端午の節句の五月人形も、もともとはヒトガタの発想からうまれたもの、という説があり、今のような段飾りになったのは江戸時代からです。
「花守り」に結ぶ半年分の願いごと
紫陽花でつくる「花守り」というものがあります。
七夕のように世間によく知られているものではありませんが、日本の広い地域で行われてきた歴史があり、何より風流で美しい。ぜひ知ってほしいならわしです。
あじさいを摘み、葉を落とします。大きめの1輪でもいいし、小さめのを組み合わせてブーケにしてもいいです。
和紙や半紙に、願い事、生年月日、名前を書いて細く折り、紫陽花の花の下にくくりつけます。
和紙で花束のようにくるみ、枝の部分を水引で結びます。(水引は、蝶結びの輪の部分が、色のついた方が右になるよう結ぶ。本数は奇数で)
和紙は、無ければ白い上質紙でもいいですがおすすめは障子紙です。水引はひもやリボンでも構いません。
出ている枝の先に麻ひもなどを結びつけ、吊るせるようにして、完成です。
いつ、どこに吊るすのかは、地域にもよって所説あります。
境界線のある場所から魔が入りやすいといわれるので、基本的には家の門や玄関、台所など、入り口に吊るすのがいいでしょう。トイレに吊るすと婦人病を退けるという説も。
夏越しの祓も、紫陽花守りも、一年のちょうど折り返しにあたるこの時期。半年分の悪い行いや穢れを払い、これからの半年に思いをはせ、願い事をしたり健康を祈ったりします。
一年間の日本のならわしで、一番大事なイベントは? そう、お盆とお正月。
邪気ばらいやけがれを落とすような儀式は、大切なお盆とお正月を清らかな心身や環境で迎えるためのものでもあるのです。
「6月中旬の、水分をたっぷり含んだ紫陽花もいいですが、土用の頃の水分の抜けた紫陽花でつくれば、そのままドライフラワーになって美しいです。地方によっては、紫陽花守りを土用丑の日に吊るすと金運が上がるという説もあるんです」。
そう広田千悦子さんに言われ、そうなんですねー!と言いながら、冷汗。
「やばい、ドヨウ・ウシノヒって、いつだろう…。てゆうか、何だろう…(聞けない)」
今さら聞けない「土用丑の日」の意味
でもせっかくだから!広田先生に思い切って聞いてみました。
まず、「いつ?」のお答えから。今年の夏の土用は、7月19日~8月6日。
土用の丑の日(うしのひ)は、7月25日と8月6日の2回だそうです。
土用とは、立春・立夏・立秋・立冬より前の約18日間の期間のこと。その中に、丑の日にあたるのが今年は2回あるということ。(土用は春夏秋冬の4回ありますが夏の土用が一番メジャー。)
昔から「丑の日」は、梅干しやうどんなど、うのつく食べ物を食べると縁起がよいとされてきました。うなぎを食べるようになったのは、江戸時代。夏にうなぎが売れなくて困っていたウナギ屋さんが蘭学者の平賀源内に相談して、「本日土用丑の日」という貼り紙をしたら大繁盛したのが始まりだそうです。
また、夏の土用には「土用干し」というならわしもあります。梅雨で湿気を吸った書物や衣類を干して風を通すのです。平安時代、正倉院の所蔵品も土用干しをしたそうです。
暑気払いに、小豆の手作り和菓子
6月に和菓子屋さんに行くと、小豆(あずき)のケーキのような水菓子が存在感を出しています。その名も6月の別名「水無月(みなづき)」。ういろう生地の上に小豆を散らして三角にカットした和菓子です。
これからやってくる夏の暑さに負けないよう、氷に似せた水無月を食べることで無病息災の願掛けをします。また赤い小豆には悪魔除けの意味もあります。(一年の半分にあたる6月30日に食べるという地域が多いです)
この水無月、実は意外と簡単に、しかも美味しく作ることが出来るのです。
<超簡単で涼しげなおやつ 水無月の作り方>
13×17cmのバット(または耐熱容器)一個分
・葛粉 大さじ2 ※粉末状のくず粉を使えば溶けやすくて便利です
・白玉粉 大さじ2
・米粉 大さじ8
・きび糖 60g
・水 230ml
・甘納豆 120~130g
① ボウルにくず粉、白玉粉、米粉、きび糖を入れ、そこへ水200mlを2、3回に分けて加え、ダマにならないようによく混ぜる。この時こし器でこしておくと仕上がりがさらになめらかに。
② 水で濡らしたバットか耐熱容器に、①の5/6量を流し込み、湯気の上がった蒸し器に入れ強火で10分蒸す。(お菓子の上部のコーティング部分をつくります)
③ 表面が固まっていたら、甘納豆を散らす。残りの①に、残しておいた水30mlを加えて混ぜ、バットに流し入れ、再び蒸し器で12~15分蒸す。
蒸しあがったら、粗熱をとって冷蔵庫で冷やして完成! 好きな大きさに切って召し上がれ。
もっちもちでほっぺが落ちそう!しかも小さな子にも安心な材料で、優しいお味。冷蔵庫で冷やして数日もつので、好きな大きさに切りながら少しずつ食べられるのも嬉しいお菓子です。
6月という名前のお菓子ですが、旧暦では水無月はい今の6月ではなく夏の暑い盛り。これからの時期、暑くてちょっと元気を出したいな、というときにパパッと作ってよく冷やし、家族でいただきたいですね。
ちなみに、瑞々しい野の草花が美しいこの季節。お花をたくさん摘んで、子供たちと一緒に遊びましょう。ビニール袋に水と共に入れてもみもみして色水を作ったり、画用紙に押し付けて色を移したり。楽しいですよ。
さて、梅雨が過ぎたら夏本番に突入。湿気にやられてバテないよう、心も体もすっきり爽やかにまいりましょう!
(写真:最上 裕美子)
広田 千悦子 ひろたちえこ
日本の文化・歳時記研究家。季節の愉しみ方から縁起物まで、温かな絵と文で綴る作家であり、ワークショップ講師も数多く手掛ける。著書はロングセラーの『おうちで楽しむにほんの行事』、夫であり写真家の広田行正氏との共著『湘南ちゃぶ台ライフ』をはじめ、25冊を超える。最新刊は『鳩居堂の歳時記』。今春から『SALUS』で連載スタート。NHK文化センター講師。東京新聞のコラム「くらし歳時記」は連載10年目。公式HP