「理想の育児とは?理想のライフスタイルとは?」
2歳0歳の怒涛の育児生活を送りながら、こんなことを悶々と考えていた時期がありました。閃いたのが「もっと田舎でゆったり生活するのはどうだろう。期間限定でもいいし二拠点生活でもいいし。」みたいなことでした。
かねてから気になっていたのは、福岡県の糸島市。そしたらちょうど行ってきたという友人が「素晴らしい野生的な保育園があるよ、見学してみたら?」と。
調べてみると、園庭はなく、山や海が遊び場。新聞などの取材も多く、全国・海外からも見学者が絶えないとの情報が。
これは行くしかない!とお願いした一日体験入園。それは、私にとって衝撃の連続でした。

胸を打たれまくった一日体験。
皆で行き先を決めて、さあ出発!
体験入園は、2018年3月の風が強く寒い晴天の日。少し遅れてしまって、急いで2階へ上がった。みんなが床に輪になって座っている。その中へ加わるように目で合図してくれたのが、えん長の正人さんだ。
「きょうは、どこに行って、なにをしましょうか?」
正人さんの問いかけに、子どもたちがわれ先にと手を挙げる。
これがわくわく子どもえんの朝の「作戦会議」。今日の探検の行く先はみんなで決めるのだ。なんとなく意見の多かった田んぼの方へ行こうと話はまとまった。
正人さんが「ではーー、かっこよくピッ!」と号令をかけ正座する。全員が姿勢を正した。
「じゃあ今日は、みんなと、アオくんとアサくんと美和さんと、田んぼに行く、ようい、ドン!」正人さんが手を叩くと、一斉に子どもたちが動く。
水筒、頭巾……、自分の思う必要なものをロッカーから取り出し、身支度をし、玄関を飛び出していく。慌ててついていくと、えんの前の道路に並んで待っていた。点呼の代わりに正人さんに順番にハイタッチして、さあ出発。

私は長男アオを列に促し、次男をおんぶしてついて行った。この3歳から5歳のメンバーで、まさかこれから片道1時間半以上歩くつもりなのだということは、まったく想像しなかった……。

街の中では車に気をつけ、くっついて歩く。横断歩道では子どもたちが「右見て、左見て、右見て、GO!」と渡る。号令をかけるのは大人ではなかった。
駅を通り抜け、田園風景の中へ。えん長の正人さんとお話しながら歩いた。周りには田んぼが広がる一本道。子どもたちは思い思いに遊びながら進む。お花を摘む子、あぜ道を走る子。大人は私を除き3人で、20人の子がかなり広範囲に散らばっている。私はまたびっくりして聞いた。

「こんな広がって歩いて大丈夫なんですね……。うちの保育園ではギュっとかたまって手つないで歩いてるから、なんかドキドキしちゃいます」。
「朝の会やったでしょう。あのとき判断してるんよ。今日は子どもたちがピリっとしてるのかどうか。『かっこよくピッ!』ってしたとき、なんか空気がグダグダな日もある。そういうときは、こんな歩き方は怖くてできないよ」。
またも衝撃。そんな判断があの会の中にあったなんて。

でも、空気を見て行けると判断したからって、この歩き方ができるなんて、もうそれは彼ら一人ひとりへの信頼だし、えんで日々つみあげてきたものなんだなろうな。すごいな。
ふと、うちのアオが他の子を真似て、あぜ道の向こう岸へ飛ぼうとした。私は慌てて声をかけた。
「危ないよ!みんなはできても、アオは初めて来たんだからできないよ!」
絶対無理なのに、みんなを見てできる気になってる、これは危ないと思ったのだ。無意識に出てきた言葉。
正人さんは私の隣で静かに言った。
「そういうことは、言う必要がないんじゃないかな」。
私はハッとした。確かに、落ちたとしても大した怪我をする溝でもない。水は流れてるけど深さは子どもの膝ほどもない。
正人さんは優しい口調で諭すように言ってくれた。
「子どもが自分の気持ちで何かしようと思ったとき、これほど素晴らしい瞬間はないんよ。怖い、できるかな、ダメかなって考えて、でもチャレンジしたい気持ちが勝ったとき、飛ぶんよ。それを大人が止めちゃいけない。
ただね、ちゃんと見ててあげる。失敗しても、飛べんかったね。悔しかったね。それでいい。せっかく飛んでみたいのにその気持ち折っちゃったら、挑戦しない子になるっちゃない? 逆に、できる!行け!とか応援したり、すごいすごいって褒めすぎるのもよくない。親のためにとか褒められるために頑張るようになってしまうからね」。
私は、ああ、その通りだと反省した。
結局アオは飛ぶのをやめてしまった。

「夏は、海遊びですよね。どんなふうに遊ばせているんですか?」
「うーーん、『遊ばせる』という感覚は持ったことないから、分からないなあ。あの子らが好きなように『遊んでる』のを見てるだけよ。ここでは大人はなるべく気配を消すんよ。何もリードしない」。
私はまたも反省。私は公園でも森でも「遊ばせる」という感覚を持っていた。「いい遊具がないから遊ばせづらいな」とか。
いま、子どもたちはどこか「遊ぶ場所」へ向かって「移動」しているのではなかった。道すがらもすべてが探検。大人たちはただ安全を気にしつつ、何も邪魔しないで見ている。
「大人は気配を消す」という言葉にも驚いた。確かに、朝の会では真ん中に居て存在感を出していた正人さんだが、遊びの中では自然の中の風景のようにただそこに居て、静かに笑っているだけだ。大きな声で何かを呼びかけることはない。
子どもたちの「まっさん見て見て!」に反応したり、気になった子の所へさりげなく寄って一言二言かけている感じだった。

しばらく行くと、アオが寒さと疲れで泣き出し「ママ抱っこー!」になった。私は「出たー!」と思い、ダメダメーと言っていると、正人さんが代わりに抱っこして歩いてくれた。私は「ああ、そんなことしたらずっと抱っこで歩かなくなっちゃう」と思った。

ところが正人さんが口笛を吹いて歩いているうちに気持ちが楽になったのか、他の子の様子が面白そうだったのか、「歩く!」と言ってまた歩きだした。顔つきがちょっと変わって見えた。
一本道の終点、用水路の堰のあたりでしばらく遊んだ。

アオがハンドルを持つとすぐ、川の反対側に居た男の子たちが反応してくれた。バーンとか言い合って笑っている。さりげないんだけどグッときた。今日来た新参者だろうがなんだろうが、他者に対して心がぱっかーんと開いている。すごく優しい。
ふと誰かが私の裾を引っ張る。「みわさん!笹笛しっとる?」何人かの女の子が草を吹いて鳴らして見せてくれた。私はたまげる。この人懐っこさというべきか壁の無さというべきか。しかも私の名前なんて朝の会で正人さんが一度紹介したきりだったのになぜ覚えててくれてるの?!
後ろの坂ではおもむろに3歳の女の子がお尻を出しておしっこを始めた。強風でおしっこが舞い上がり吹き飛んでいく。紙で拭きもせず若干濡れてるであろうパンツを満足そうに上げた笑顔が、たくましくて、可愛くて、参りましたと思った。

遊んでいるうちに12時を越えてしまった。
正人さんは、さあ帰ろう!お昼ごはんの時間だよー!なんてことは言わなかった。
「まっさんお腹すいたー!ごはん食べたいー!」と駄々をこねるように言った。管理者の号令じゃない。単なる彼の本音だ。
「ああ、僕も食べたい!」と思った子が踵を返し、「まっさんにご飯食べさせてあげたい」と思った子が正人さんの手をつないで歩き出したのかもしれない。なんとなく一同は帰路についた。

でもなかなかすんなりはいかない。小さい子が遅れてしまって、曲り角でちょっとここでストップという待ち時間が出た。私はちょっとイライラしてはるか遠くにいる子たちを眺めていた。
しかし「はやくー!」なんて怒鳴る子はいない。輪になってぺたりと座り手遊びを始める子たち、生垣の花をちぎって遊ぶ子たち。小さな段でバランス遊びをする子たち。「優しくて、強い…」。私はまた恥ずかしくなった。後陣が追いついたらまた元気に歩き出した。
そうして園に戻ったときには13時を回っていた。たっぷり3時間歩いた私たちは当然お腹が背中にくっつきそうにぺこぺこ!それを刺激するいい匂い!えんのママたちが交代で作ってくれるご飯が前の棚に並んでいた。
空っぽのお腹にしみる
滋味あふれる野菜料理
わくわくの食事の決まり事はこんな感じだった。
メニューの基本は、ごはんと、地域の野菜たっぷりの1汁1菜。
自分が食べる分は自分でよそう。小さい子だろうが自分でぜんぶ準備する。
食事のときに飲みものはない。唾液をしっかり出すためだ。
布巾も口拭きタオルもない。食べ終わったものは籠に各自入れに行き、洗いたい子は手を洗う。

3歳のアオも皆の列の中に並び、「できるかしら」と私がハラハラしてる間に、今まで見たこともない山盛りのごはんを自分で盛った。おかずも味噌汁も、全然子ども向けじゃない料理で、どうかな食べるかな…ふりかけがないとご飯食べきれないかもな…なんて思ってる間に、勝手にモリモリたいらげ、野菜たっぷりの味噌汁もきれいに食べきって、自分で片付けに行った。

アオが絶対に残すと思って自分の分のごはんを少ししか盛らなかったことを後悔しつつ、食べっぷりに驚いている私に
「ほらね?ほんとにお腹すいてたら何でも食べるやろ?」と笑う正人さん。
私はいつもの食卓が、いかに子どもにおもねって機嫌を取ろうとしていたか、いかにあれこれ世話を焼きすぎていたか、思い知らされた。
時間の都合で見学はここまでとなったが、本当に学びの多い時間だった。
中でも、私がこのえんで一番心打たれたのは、子どもたちの姿だった。
「ピカピカしてる…」。そう思った。表現は難しいのだけど、子どもたちはまっすぐで、美しいエネルギーに溢れていた。
まっすぐでピカピカ。
子どもたちが放つ光
わくわく子どもえんの子どもたちを見て私は、「ああ、本来子どもって、汚されず否定されずそのまんま育ったらこんなに美しいんだな」と思った。
それは子どもたち個々が、ありのまま、自分でいられる場所だからだと思った。泣いてもいい、怒ってもいい、やらなくてもいい。
ここでは、何かを否定されたり止められたり推奨されたりということが極端に少ないように思った。誰かの価値基準を押しつけられることなく、子どもが自分から感じ、考え、動くように自然になっているというか。
例えば、食事のとき私たち大人は「全部残さず食べるのが偉い子」という価値基準を知らずに押しつけている場合がある。
でもここでは食べたいものを好きなだけ食べたらいい。好き嫌いするなとか全部食べろとか言われなくても、自分が食べたいと思うから食べる。それはお腹がペコペコだからで、食事が滋味に溢れ本当に美味しいから。いい子になるためでもルールに従うためでもまして罰が怖いからでもない。
子どもの心が優先。心があって、行動がある。
こうしたい、したくない、好き、嫌い、悲しい、悔しい、切ない、恥ずかしいけど誇らしい、嬉しいけど寂しい……。
子どもの心は、言葉に表現できないだけであって、決して単純なわけじゃない。
「ごめんね」「いいよ」「はい仲良し」なんて、そんなシンプルじゃない。
わくわく子どもえんの合言葉が、2階の壁に大きく掛けてあった。

暮らしのなかに学びのすべてがある。
喜怒哀楽のすべてがある。
そして人は、それを味わい尽くせる力がある。
それは特別なことではなく
季節を感じながら、一緒に暮らすこと。
そんなふうに育っていけたらいいね。
子どももおとなも。
ベースにあるのは華やかなものじゃない。日々の暮らしの営みと、人との関わり。
暮らしの中で、ありとあらゆる細かな心の機微をじっくり感じきる。それをここでは「味わう」と呼んでいる。子どもが味わう。大人も一緒に味わう。
「君のまま、そのまんまでいいんよ」という環境で、子どもたちは毎日思い切り遊び、考え、チャレンジし、失敗し、さまざまな感情を味わい、自分を知っていく。自分を知って、相手を知り、優しく、強くなる。それが、私の思う、この子たちが放っている「子どもらしい光」なのだと思った。
一日体験を経て
変わったこと、それは
一番変わったのは、息子よりも母親である私だったように思う。あの日の体験と正人さんの言葉から、いかに今まで子どものことを決めつけ、行動や欲求を阻止しすぎていたか知ったからだ。
息子のありのままの気持ちと、小さなチャレンジ精神を大切にしようと意識し始めたら、今まで口うるさく注意してきたほとんどのことは、必要ないことだった。
例えば、水たまりに入っちゃだめ!遊んじゃだめ!ほらびしょびしょになったー!なんて怒ってたけど、服の泥汚れなんて洗えばいいし、靴だって替えをたくさん買っておけばいい。今まで何をそんなに嫌がっていたのだろう。
(まあ、その答えはワンオペ育児の余裕のなさで、これ以上手間が増えるのは勘弁して欲しかったんだよね。同情の余地は大いにあれども、反省しきり…)
いま、大きな水たまりがあったら「こりゃ遊びたいんじゃないかー?」と思って見てみる。すると、はい、入ったー。はい、転んだー。私はそれを見て「いいねえ」と笑う。
(もちろん条件的に阻止しないといけない日もあるが、子を叱らない形で面白く誘い出せないか工夫するようになった。)
ちなみに以前からすごく怒っていた、風呂のお湯をこっそり飲むことも「そんなに美味しいなら飲みなされ。お腹強くなるじゃろ」と思って、怒るのをやめた。
私の要求は、命令ではなく私の気持ちとして伝えてみる。絵本をたくさん読んだら、正人さんを真似して「ママもう眠いー」と駄々をこねてみる。たっぷり自分の好きなことができた、ちゃんと関わってもらったという充足感があれば、子どもたちは私への優しさで「いいよ、寝よう」と言ってくれると知った。
もちろん思うようになんていかないことの方が圧倒的に多い。でもなんだか、毎日が前よりも楽しく、子どもたちが前より可愛く思えてきた。
これがきっと、正人さんが私に教えてくださった一番のことなんだろうと思った。
※この1年後、再び糸島を訪れ、2週間の滞在をしながら正人さんにじっくりお話を伺いました。こちらのインタビュー記事もぜひご覧ください。
※わくわく子どもえんは、2020年3月末で終了しました。現在は同じ園舎を使った子ども園と野外保育園、2つの園として生まれ変わりました。正人さんも新しく遊びの会などを開く「わくわく子ども応援隊」という活動を始められました。